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長崎地方裁判所 昭和48年(行ウ)3号 判決

原告 佐々野誠

被告 道脇喜一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告(請求の趣旨)

1  被告は、福江市に対し、金六五〇万円及びこれに対する昭和四七年一一月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

(本案前の申立)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案に対する答弁)

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告

(請求の原因)

1 原告は、普通地方公共団体である福江市の住民である。

2 被告は、昭和四一年三月一四日から昭和四七年三月二八日まで福江市の助役の任にあつたもので、昭和四六年一二月二七日から昭和四七年二月五日までの期間中、福江市長田口馬次の事故により、市長の職務を代理した。

3 被告は、福江市が福江市平蔵町字権左開三、七一四番地に建設を予定していた廃棄物処理施設(ごみ焼却炉)の建設工事について、請負契約を締結するにあたり、予め四社を指名して、昭和四七年一月一一日現場において工事内容の説明を行い、翌一二日右四社に一斉に見積書を提出させた。このとき指名四社の見積額は、太陽築炉工業株式会社(以下、太陽築炉という。)四、八五〇万円、三和動熱工業株式会社(以下、三和動熱という。)四、八八〇万円、三機工業株式会社(以下、三機工業という。)五、五八〇万円、東洋技研株式会社(以下、東洋技研という。)六、三八〇万円であつた。

しかるに、被告は、福江市長職務代理者として、三機工業との間で同月三〇日、本件建設工事につき随意契約の方法により工事価格金五、五〇〇万円で請負契約を締結し、三機工業は右契約に基づく工事を昭和四七年一〇月二〇日竣工し、福江市は三機工業に対し、右工事代金として同年五月三一日金六〇〇万円、同年九月三〇日金三、七九〇万円、同年一一月二一日金一、一一〇万円を支払つた。

4 ところが、被告がなした本件請負契約の締結は、次のとおり被告が故意または重大な過失により法令の規定に違反してなした支出負担行為(地方自治法二四三条の三第一項後段一号)である。

したがつて、被告は、福江市が本件請負契約により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(一) 地方自治法二三四条一項、二項によれば、普通地方公共団体が請負契約を締結する場合は、一般競争入札の方法によるのを原則とし、指名競争入札、随意契約またはせり売りの方法によることができるのは政令で定める場合に限ることとなつており、同法施行令一六七条の二は随意契約によることができる場合として六項目を定めているが、本件請負契約はそのいずれにも該当しないものである。

従つて、被告のした本件請負契約は、前記法条に違反する支出負担行為である。

なお被告は、廃棄物処理施設工事は施行業者毎にそれぞれ特質があり、設計も各業者により一定しておらず、同法施行令一六七条の二第一項二号にいう「その性質または目的が競争入札に適しない」場合に該当し、随意契約が許されると主張しているので、原告はこの点につき次のとおり反論する。即ち、

ごみ焼却施設のうち各業者によつて特色があるのは、主として燃焼装置中のロストル設備(火室に設ける火たき用の設備でロストルとは火格子のこと)である。要するにロストルの上でごみを燃焼させ、残滓を移動させながら燃焼を促進し、灰を下に落す仕組みであるが、ごみを能率よく燃焼させるために移動式ロストルとか揺動式ロストルなど構造、形式には各社の特色がある。しかしながらロストル設備費の焼却施設全体工事費中に占める割合はおそらく一〇パーセントないし二〇パーセント前後にすぎない(三機工業工事内訳書によれば、燃焼設備工事費として金六二六万一、一〇〇円を計上しており、これは全体の一一パーセント、三和動熱の見積書によれば燃焼機設備費は金一、〇四七万円で割合は二一パーセントである。右二社以外の他社の見積書からは燃焼設備費のみを抽出することは難しい)。炉体工事費の大半は基礎工事費、金物工事費であり、これらは共通の仕様書によつて各社の見積を算出することが可能である。

そもそも、ごみ焼却炉のような或程度複雑で大きな施設の建設工事中、部分的には業者によつて技術的特質があるのはむしろ当然であり、これは庁舎や体育館などの建設工事においてもありうることである。ごみ焼却炉建設におけるこの程度の技術的特質(優劣とは限らない)は競争入札に付する障害とはならない。ロストル型式には特許がないことは太陽築炉、三機工業の担当者の証言で明らかであり、仮にロストル型式により燃焼効果に著しい差があるということになれば、各社はいつでもより効率のよい型式を採用することもできるのであるから、ロストル型式の違いによる性能の差は殆んどないものとみてよい。市当局者自身調査の結果四社の技術的優劣は甲乙つけ難いと判断したのはけだし当然のことであろう。

しかりとすれば、福江市は共通の仕様書、設計書を作成した上、競争入札によつて契約者を決定するほかはなかつたのである。

(二) 仮に一歩譲つて、ごみ焼却施設の工事請負契約を随意契約の方法により締結すること自体は必ずしも違法とはいえないとしても、本件において被告の採つた方法はつぎのとおり法令に違反し、裁量権を逸脱ないし濫用している。

(1) 契約締結に先立つて福江市が正規の設計書、仕様書を作成しなかつたのは、福江市財務規則第七七条、第八五条に違反している。同規則第七七条には、一般競争入札による場合には設計書、仕様書によつて予定価格を定めなければならないことになつており、第八五条では随意契約による場合にも、第七七条が準用されることになつている。すなわち、設計書、仕様書の作成および設計書、仕様書に基づく予定価格の決定は、随意契約の場合にも義務づけられているのである。しかるに、被告は設計書、仕様書を作成せず、これに基づいて予定価格を定めてない。

被告が定めた予定価格の算出方法は右規則に基づかず、四社の過去の実績の平均額を基準にして決めるという独特の方法により、しかもその計算に一〇〇万円の誤算があつた。規則第七七条第三項には、予定価格を定める場合には取引の実例、価格その他の事情も考慮しなければならないこととなつているが、それはあくまで第一項の原則によつて算出した数字の修正要素にすぎないのである。

(2) 被告が本件契約に当り、最低制限価格を設けて太陽築炉、三和動熱の二社を排除したのは違法あるいは裁量権の逸脱ないし濫用である。

被告は「指名四社のうちどの業者と契約を結ぶかは長の裁量権の範囲である」といゝ、あたかも随意契約による場合には、市長の自由な裁量によつて契約相手を選びうるのであつて何ものにも拘束されないかの如く主張するが、このような考え方は誤りである。福江市財務規則第八五条第一項では随意契約の場合にも一般競争入札に準じて予定価格を定めるべきことを定めており、第二項には見積書は原則として二人以上から徴すべきことを定めている。ところで、二社以上から見積書を徴した場合は、原則として最低の見積を出した者と契約をすべきであることは、条理上当然である。

これは地方自治法が請負契約をなす場合に競争入札を原則とし、特別の要件を具備する場合にのみ例外的に随意契約によることができるという方式を定めている趣旨又右法の趣旨に則つて、福江市財務規則が随意契約にも一般競争入札の規定の一部を準用していること等からも伺うことができる。県内他市においても、例外なく最低の見積者と契約を結んでいる事実も右条理の存在を裏づけている。

しかるに被告は、最低制限価格を設けることによつて、右条理の適用を排除した。そもそも最低制限価格制度は、一般競争入札においては、どのような者が入札に参加するか予想できず、資力のない者が採算を度外視して不相当な低価格(いわゆるダンピング価格)で落札し、結局契約の履行がなされず地方自治体が損害を被ることがあつてはならないとの配慮から、このような虞れがある場合に例外的に設けることが定められている制度である。従つて、指名競争入札にはこのような制度の必要性がないからその規定がない。随意契約の場合にも地方自治体が指名した特定の者にのみ見積を出させるのであるから、指名競争入札の場合と同様最低制限価格を設けることはできないと解すべきである。

仮に随意契約において最低制限価格を設けること自体は違法でないとしても、本件における被告のやり方は裁量権の逸脱ないし濫用である。被告は予定価格を金五、五〇〇万円と定めたが、その定め方が違法であることは既述のとおりである。しかも被告は右「予定価格」を僅か一割引き下げた金五、〇〇〇万円を最低制限価格と定めた。この価格がダンピングを防止するための限度額として適当であるという根拠は何もない。このような根拠の薄弱な数字を設定して、右価額以下の見積業者を排除したのは裁量権の逸脱であり濫用である。

(3) 被告はこのようにして前記二業者を排除した上、残つた二業者のうち低い見積を出した三機工業と契約を結んだ。ところが被告は本法廷において、被告が三機工業を選定したのは同社が「予定価格」に最も近かつたからであると供述し、藤証人もこれに添う証言をしている。

被告が「予定価格」なるものをそのように運用したとすれば、これは予定価格を定める法の趣旨を全く理解しないものであり、法違反の恣意的運用というほかない。被告は市議会や本裁判において最低制限価格を定めたことの違法、不当性を追及され、苦しまぎれに最低制限価格によつて二社を排除したのではないことにするつもりで、このような供述をしたのかもしれないが、これはますますもつて奇怪である。そもそも「予定価格」なるものは契約の最高限度額として定められるものであつて、「標準額」ではないのである。予定価格に最も近いものが最適という合理的根拠は何もない。

(4) 被告は何らかの理由によつて、予め本件ごみ焼却炉の建設請負業者は三機工業とすることを決めた上、あたかも予め三機工業に決つていたものではなく、競争入札に準ずるような公正な見積り合わせの結果決つたものであるかの如く装うために四社による見積合わせ(入札)を行つた。実は見積合わせの時点では最低制限価格は決めていなかつたのではないかと推測される。本件の見積合わせに最低制限価格のとり決めがあつたということは、後日監査が行われた時点で初めて貞方課長や藤係長がいい出したことである。このことは藤昭男が昭和四七年一月二〇日ごろ作成したと推定される顛末書に最低制限価格のことが一言も記載されておらず、もつぱら「予定額」を決定したことと、「予定額」以下の見積はダンピングとして失格させることとしたことのみが記載されていることからもうかゞわれる。

また、最低制限価格を決めた場合には、その旨を入札者全員に予め知らせておくのが当然であるのに、本件の場合は全く知らせていない。これは最低制限価格なるものは予め決めていなかつたためであるとの推定とも結びつくのである。

前記藤作成の顛末書によれば、見積合わせに大坪市議会議長が立ち会つたことが推認される。この記載は後日削除されたことになつているが、極めて不明朗である。このことは三機工業の決定に外部の関与があつたことをうかゞわせるに十分である。

さらに四社による見積合わせに先立ち、三機工業の子会社である曙産業株式会社の代表取締役久保利春と常務取締役久保保之の両名が、貞方課長に挨拶にきたという事実がある。久保保之は久保勘一長崎県知事の長男である。また同知事の妹婿に当る中島民雄富江町長も電話で貞方課長に三機工業を頼む旨申し入れている。これは単なる「業者の売り込み」という類ではなく、まさに政治的背景を利用した一種の圧力以外の何ものでもない。被告らはこのような外部の要請に応じて予め三機工業と契約することを決定していたのであり、見積合わせは単なる偽装にすぎなかつた。このような契約業者決定のやり方が裁量権の濫用であることは言を俟たない。

(三) 以上のとおり本件契約は、法令に違反しあるいは裁量権を逸脱もしくは濫用して、当時市長の職務を代理して被告がその責任において、その承諾の下になしたものであるから被告の故意によつて行われたものである。仮にそうでなくても重大な過失によつて行われたものである。

5 福江市が被告のなした本件請負契約により蒙つた損害額は、次に記載するとおり金六五〇万円を下らない。

被告が若し法令に基づいて請負業者の選定をしたとすれば、指名競争入札の方法であれ、指名競争入札に準ずる随意契約の方法であれ、四業者のうち最低の見積額を提出した太陽築炉と金額四、八五〇万円で請負契約を締結すべきであつた。福江市が太陽築炉と契約を締結していたとすれば、少なくとも三機工業が建設したごみ焼却施設と同等以上の施設を建設したであろうことは、容易に推認される。太陽築炉は昭和四年に設立された会社で資本金は二、〇〇〇万円、創立以来ごみ焼却炉と火葬場の建設を主体とする専門メーカーであり、全国約三〇社の同種専門メーカー中、業績高では七、八位にランクされ、特に九州における実績が多く、ごみ焼却炉ではおよそ六〇パーセントのシエアを有している。福江市が九州における既設地の調査をした結果でも、市が指名した四社は技術的にみて甲乙つけ難いと判断されたし、既設炉の運転状況についても、条件の違い等から一長一短は見受けられたものの、太陽築炉の製作したものが他の三社に比べて特に劣悪であつたとの報告はなかつた。

被告は本件ごみ焼却炉の建設工事はいわゆる設計施工であつて、各社毎に設計が異なるから価格の相違はこの点から生ずるかの如くいうが、本件は設計施工ではない。被告は設計書、仕様書は作成しなかつたというが、実際は施設の内容および各部分毎の建設基準、材料等を詳細に明示した「福江市ごみ処理施設施行基準」と「焼却炉建設工事契約の基本条件」という二種類の書面を作成し各業者に予め渡してあつた。これは正規の設計書、仕様書ではないが、これに準ずるものであつて、業者はこれを「統一仕様書」と呼んでおり、各業者の設計、仕様はこの統一仕様書に基づいて作成されたのであるから、完成後の施設はほゞ同一のものとならなければならないのである。各社の見積書を見ても、いずれもこの統一仕様書に基づいて作成したことがうかがわれる。

従つて、太陽築炉は請負金額四、八五〇万円で三機工業が建設したと同等以上の施設を建設したであろうことが推認されるのである。被告がこれよりも金六五〇万円高額の金五、五〇〇万円で三機工業に建設させたことにより、福江市は少なくとも金六五〇万円の損害を蒙つたことが明らかである。

なお、被告は三機工業は他の三者に比べて技術的にも信用的にも優れていると判断して三機工業を選定したと主張しているが、そのような判断の根拠は何もない。また、実際に建設されたごみ焼却炉が他社のものに比べて特に優れているとか、特に太陽築炉の製品に比べて金六五〇万円の価格差に相応するほど優れているとの証拠もない。実際は正にその逆であつた。三機工業が建設したごみ焼却炉は市の施行基準にも合致しておらず、あまたの手抜き、材料落しがあつたため、竣工後短時日の間に数多くの故障、修理を繰り返し、ついには昭和五〇年一〇月二五日煙突から出た不完全燃焼物による山火事を惹起するに至つた。このため福江市は故障による修理費として約一、〇〇〇万円、山火事の被害者に対する賠償金として四七三万六、〇〇〇円の支出を余儀なくされた。少なくとも太陽築炉に建設させておれば、このような不当な支出をしなくて済んだであろう。右の損害も当然被告が違法な契約をしたことから生じたもので、相当因果関係があるが、原告は訴提起の時点で明らかであつた見積価格の差額に相当する損害のみを請求しているのである。

6 原告は、地方自治法二四二条一項に基づき昭和四八年一月二三日、福江市監査委員に対し、本件請負契約につき速やかに監査を行い、福江市の蒙つた損害を補填するために違法行為の責任者である被告に対して金六五〇万円の損害賠償を求むべき旨を請求したところ、福江市監査委員森田栄次郎、同船越寅市は監査を行つた結果、請求事実を認め、同年三月二三日、福江市長田口馬次に対し、同年四月二一日までに請求どおりの措置を講ずべき旨の勧告を行つた。

しかるに同市長は、右の地方自治法二四二条七項の規定による措置を講じない。

7 よつて原告は、地方自治法二四二条の二第一項四号により、同法二四三条の二第一項後段に基づき、福江市に代位して、被告に対し、損害賠償金六五〇万円及びこれに対する損害の発生した後である昭和四七年一一月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(本案前の申立に対する反論)

1 被告は地方自治法二四二条の二第一項四号の代位訴訟においても損害賠償その他の請求を受けるのは「職員」に限られるから、地方公共団体の「長」は対象とならないと主張するが、右主張によれば、長は違法な行為によつて地方公共団体に損害を与えてもこれを賠償する必要がないことになり、条理に反する。

2 地方自治法二四二条の二は前条を受けて規定されたもので、普通地方公共団体の住民が監査請求をしたが、満足な結果が得られない場合に訴訟を提起できることを認めたものである。そしてこの訴訟(住民訴訟)を提起するについては、必ずまず監査請求をしなければならない立前(監査請求前置主義)をとつている。

このような法の構成からみて、住民訴訟の対象の範囲は、原則として住民監査請求の対象の範囲と一致すると解すべきである。(たゞし、不当な行為および不当な怠る事実は除かれる)

ところで、同法第二四二条は住民が監査請求のできる場合として、「当該普通地方公共団体の長若しくは委員または当該普通地方公共団体の職員について、違法若しくは債務その他の義務の負担があると認めるとき(中略)、監査委員に対し監査を求め、当該行為を防止し、若しくは是正し、若しくは怠る事実を改め、または当該行為若しくは怠る事実について当該普通地方公共団体の被つた損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求することができる。」と定めているのであるから長に違法行為があり、その損害を補填するために必要な措置(損害賠償請求を含む)を求める監査請求をなしたが、その結果に不服がある場合に住民訴訟を提起することができることは明らかである。

3 これを文理解釈の面から見れば、同法第二四二条の二第一項四号にいう「職員」には地方公共団体の長も含まれると解すべきである。地方公務員法において、職員は一般職と特別職に分けられており、長は特別職の職員とされている。本条において「職員」というのは一般職と特別職のすべてを含む職員と解すべきことは法の趣旨、前後条文の関係から疑問の余地のないところである。

4 よつて、被告の本案前の申立は理由がないから却下されるべきである。

二  被告

(本案前の申立の理由)

本訴は地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく代位請求であるが、こゝにいう「当該職員」には、「議会」、「長」、「その他の執行機関」は含まれないというべきである。而して被告は市長の職務代理者として本件請負契約を締結したものであるから、「執行機関」とみるのが相当で、その責任については「長」に準じて取り扱われ、同条項の適用はないというべきである。

よつて、原告の本件訴えは不適法であるから却下されるべきである。

(請求原因に対する認否)

請求原因1ないし3の各事実は全部認める。

同4の事実中、(一)のうち本件請負契約の締結に先立つて福江市が正規の設計書、仕様書を作成していなかつた事実は認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

同5の事実は否認する。

同6の事実は認める。

(原告の主張に対する反論並びに抗弁)

1 本件請負契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号にいう「その他の契約でその性質または目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当し、随意契約の方法により締結することが許される。右随意契約の成立に至るまでの経過は次のとおりである。

(一) 福江市ごみ焼却施設は、市民の福祉衛生のため欠くことのできない施設で、市民の熱心な要望もあり、昭和四一年八月、公害審議会下水清掃部会において「ごみ処理焼却に関する施設基準」を定め、その実施を迫られていたが、その実施がおくれ、昭和四六年一一月、「福江市ごみ処理施設施行基準」ができ、右に基づいて右ごみ焼却施設の工事施行についての具体的計画が樹立された。

(二) 右焼却処理施設工事については、その施行業者において、それぞれの特質があり、設計も各業者一定していないので、この点他の既設地について調査したところ、一業者との随意契約による設計施行の方法をとつているのがほとんどであつた。

(三) 右多くの例からみても、本工事についての請負業者の決定を、競争入札とするのは妥当でないと思われたので、九州管内において実績を有する業者のうち、比較的信頼性のある業者前示四社を指名し、各社の設計内容、技術等につき、充分説明をなさしめ、かつ、見積書を提出せしめ、右設計、技術内容及び見積価格を検討したうえ、そのうち一社を選び、これと随意契約を締結することにした。

(四) かくて、右四社を指名業者と指定し、右各社より仕様書、設計図及び見積書その他参考資料を提出せしめ、各社毎に技術説明を行わしめた。

(五) 右各社の技術説明会には、市理事者、清掃事業運営対策委員会及び市議会正副議長並びに文教厚生委員会委員出席のうえ、各四社に右技術説明を行わしめ、その間、技術説明者との間に各質疑応答がなされたことはいうまでもない。

被告は右技術説明をもとにし、各社の設計・技術並びに見積額を比較検討した結果、こゝに三機工業の選定となり、これと仮契約をなし、市議会の議決を経たうえ、本契約を締結するに至つた。

以上の経過であるから、本件随意契約の締結については何ら違法はない。

なお、原告は、本件請負契約を随意契約によらしめたことにつき、「ごみ焼却炉工事の中で、業者の「特質」があるといわれるのは、炉体部分のみであつて、その炉体部分の工事は、全体工事の中では僅かな部分にすぎない。その他の大部分の工事は、共通の設計に基づいてなされうる一般の建築工事である。」というが、実は、その逆で、共通の設計ができうるのは、「上屋」「家屋」のみであつて、本工事の主体は、炉体構造にあり、その特殊性から煙突の構造、灰出パンカーの設備等炉体と相関関係を有する設備については、各社各様の特質を有している。本件工事の目的からしても、その施工業者を選定するについて各社の技術の特質を比較検討するのは当然のことで、これを「適当でない」という原告の考え方はまちがつている。

2 さらに、前述指名四社のうち、どの業者との間に契約を締結するかは、各社の設計内容、施工技術が、福江市の計画に合致するかどうか、つまり市民の福祉の増進、厚生施設の完備に合致するものであることが第一条件というべきで、その見積額の差は、いうなれば、その設備の内容、計画によつて生ずる差であるから、その間、右四社のうちいずれを採るかは、所詮、長(本件については職務代理者)の冷静、公正な裁量権の範囲に属するものであるから、その選択につき、公正の確保並びに住民の福祉の増進等の本旨に違背がない限り、これを違法とすることはできず、かえつて表面的見積価格に拘泥することは妥当でない。

3 ことに被告は、福江市既定の方針に従い、市長職務執行者として、本件請負契約を締結したにすぎず、その後、五日を経て、市長の事故が止んだので、右代理関係は消滅したもので、その後における工事施行の実施監督、請負代金の支払、物件の引き渡し等は、すべて市長において執行したものであり、これらについて究明するについては、なすべき措置があつたにもかゝわらず、その一切の責を被告に問うことは不当も甚しいといわざるを得ない。

4 また、福江市は、三機工業の施工した本件ごみ焼却炉の建設工事の完成により、本件ごみ焼却炉の引き渡しをうけ、その所有権を取得したもので、右引き渡しについては、福江市の市長はじめ理事者及び技術者により、その工事が完全であること、かつ、請負代金に応じた工事であることを確認のうえ、右引き渡しを受け、その所有権を取得したもので、換言すれば、福江市は、完成された本件ごみ焼却炉を取得したことによつて、請負代金として支出した金員と相当の利益を得たということができるから、結局、被告の違法行為により福江市が蒙つた損害というものは存在しないといわざるをえない。

さらに、地方自治法第二四二条の二の第一項第四号の損害賠償請求の態様による救済は、もつぱら地方公共団体が蒙る財産上の損害の補填を目的とするものであるから、違法行為の所在が明白であつても、結果的に、客観的な財産上の損害を生じていない限りは、この態様による救済はえられないものでこの点によつても、原告の本訴請求は理由がない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  まず本案前の申立につき判断する。

地方自治法二四二条の二第一項四号によるいわゆる代位請求訴訟は、地方公共団体が、職員または違法な行為若しくは怠る事実に係る相手方に対し、実体法上同号所定の請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地方公共団体に代位し右請求権に基づいて提起するものである。このような代位請求訴訟の構造にかんがみれば、右訴訟の被告適格を有する者は右訴訟の原告により訴訟の目的である地方公共団体が有する実体法上の請求権を履行する義務があると主張されている者であると解するのが、相当である(最高裁昭和五二年(行ツ)八四号同五三年六月二三日第三小法廷判決・判例時報八九七号五四頁参照)ところ、原告の主張によれば、本訴において原告が訴外福江市に代位して行使しようとする請求権は、被告自身の債務不履行若しくは不法行為(地方自治法二四三条の三)により同市に加えた損害に対し同市が有する損害賠償請求権であるというのであり、従つて、本訴において被告適格をもつのは、原告によつて右損害を賠償する義務を負うと主張されている被告であることが明らかである。

しかして、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」には、地方公共団体が有する実体上の請求権を履行する義務があると主張されている者で、一般職たると特別職たるとを問わずすべての職員を包含するものと解すべく、右「当該職員」には地方公共団体の長を含まないとの被告の主張は採用の限りでない。

二  次いで本案につき判断するに、請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

1  そこで、まず、本件請負契約は、地方自治法施行令一六七条の二第一項二号の「その性質または目的が競争入札に適しないもの」として、福江市が随意契約の方法によつて締結することができたか否かにつき検討するに、当該契約が右法条にいう「その性質または目的が競争入札に適しないもの」に当るか否かの判断は、当該契約に付随する具体的諸事情―契約の種類、目的、性質、相手方となりうる者の数、能力、技術、信用、誠実度、当該地方公共団体の政策(例えば悪臭・騒音等の公害を最少限に押えるあるいは住民全体の福祉の観点から特別の契約を締結する等)、財政能力(予算)等―に照らして、個別的に検討されるべきものであり、一般的に契約内容じたいから結論を出すことができないものであり、その判断は、具体的客観的に判断すべきものとはいえ、右のとおり政策決定の問題とも関連し、複雑な諸事情を個別的に綜合的に合目的的に判断すべきものであるから、本来普通地方公共団体の長の自由裁量に委ねられているものと解すべきであると考える。なるほど、地方自治法が随意契約によれる場合を制限的に定めている趣旨からすれば、長の全くの自由裁量に委ねることに疑義がないとはいえないけれども、もし長が裁量権を逸脱もしくは乱用したと認められるときは、当・不当の問題を超えて違法となると解され、その場合の長に対する責任追及の余地は十分に残されているから、このように解したとしても、地方自治法が随意契約を締結することができる場合を制限的に規定した趣旨に反することとはならない。

ところで、本件請負契約に付随する諸事情についてみるに、成立に争いのない甲第一ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇ないし第四一号証、第五〇号証、第五二号証、第五三号証の一、二及び第五六号証、証人藤昭男の証言により真正に成立したと認められる乙第一ないし第三号証、証人貞方善市、同村田昌雄、同藤昭男、同並木英一の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、次のとおり認められる。

(一)  福江市には従前昭和三一年に建設された一日一・八トンの焼却能力を有する廃棄物処理施設があつたが、これが昭和四一年頃から故障したまゝ放置され、廃棄物は野焼きの方法で処理していたが、これが原因で山火事が発生し、あるいは煙がたちこめて交通障害を惹起し、また雨天が続けば焼却できないため悪臭を発し、ハエ・野ネズミが異常発生するなど衛生上の問題もあつて、地元住民の苦情が相次ぎ、早急に新たなごみ焼却場を建設することが行政上の懸案となつていたが、財政難や地元住民の反対による建設用地の選定難などがあつて、新設計画はのびのびとなつていた。

市当局においては、そのころ田口馬次市長をはじめとして、ごみ焼却場新設を含む環境整備を一つの大きな行政目標として掲げ、ごみ焼却場の新設計画については、保険衛生課長貞方善市、同課清掃係長藤昭男がそれぞれ主管課長、係長として計画立案の任にあたり、また執行部内において当時助役であつた被告が中心となつて企画室長、総務課長、財政課長等衛生、清掃関係についての行政事務担当の経験のある者らで構成した「清掃事業運営対策委員会」が組織されて右計画の立案に参与する活動をなし、福江市議会においても再々この問題がとりあげられ、同議会の文教厚生委員会が主管委員会としてこの問題にとりくみ、同委員会及び決算特別委員会が公害防止対策の確立と焼却場の早期建設について市当局に強くこれを要望するなどしていた。

昭和四五年三月に至つては、ごみの野焼きによる煙から呼吸器障害を訴える住民が現れ、これが人権擁護委員会でとりあげられるなどし、市当局はとりあえず野焼きを中止し、生ごみのまゝ埋める方法で処理していたが、ごみ収集世帯数、収集量の激増とあいまつて公害問題としてごみ焼却場建設は、福江市にとつていよいよ緊急な課題となつていた。

(二)  市当局は、焼却場建設予定地の選定、買収、地元住民への説明会開催等用地の確保に努力するかたわら、焼却場建設のための基礎調査を行い、対象人口三万人、一人一日当り一キログラムの処理目標で、一日三〇トンの処理能力を有するセミ機械炉、昭和四六年度総事業費九、三〇〇万円(うち本体工事六、六〇〇万円、附帯工事ほか二、七〇〇万円)とする計画概要を作成し、昭和四六年三月一〇日には長崎県環境衛生課に昭和四六年度廃棄物処理施設整備計画書を提出し、主として起債、補助金関係について協議し、業者の選定等についても指導助言を受けていたが、同年度の国庫補助事業の第一次指定にもれたため、第二次の追加指定を受けるべく用地の確保、計画の具体化等に尽力していたところ、昭和四六年一二月一〇日前後ころ、長崎県環境衛生課長から電話で第二次指定に内定は確実である旨の連絡があり、同月二〇日には正式に県より国庫補助決定の内示の通知があり、あわせて昭和四七年一月一四日までに補助金交付申請書及び関係書類を持参するように(厚生省への提出期限は一月一九日まで)と指示された。

(三)  ところで藤係長は、昭和四五年中頃より清掃係長を命ぜられ、以後昭和四五年一二月から長崎県内外の自治体(西彼時津町、長与町、高島町、福岡県前原町、広島県大竹市、佐賀県唐津市、伊万里市、武雄市、有田町、長崎市、北松鹿町、佐世保市等)の既設のごみ焼却場施設の実地調査を行い、各施設の規模、構造、処理能力、施行業者、経費、問題点等を視察して調査するとともに、国庫補助事業となるため県のヒヤリングを受けるなど計画立案のための基礎準備をなして、その都度市長あての復命書(甲第二二ないし第三四号証)を提出し、その報告をなすとともに、昭和四六年一一月には福江市ごみ処理施設施行基準(甲第一二号証)、焼却炉建設計画工事契約の基本条件(甲第五〇号証)を起案作成し、右文書二通を前記清掃事業運営対策委員会及び文教厚生委員会に提出し、説明をするなどしていたが、いずれの文書にも市長の決裁印を受けていない(後にこれが業者に配布され統一仕様書と呼ばれる。)。なお同人は、同年一二月ころ迄には、福江市廃棄物処理施設新設計画工事施行計画書(乙第一号証)及び各社仕様書比較(乙第二号証)と題する書面を作成し、昭和四七年一月一二日開催の技術説明会の際には、これを出席した文教厚生委員にも配布した(この二つの文書にも市長の決裁印はない。)。

また貞方課長も、ごみ焼却場新設用地確保のため売買交渉や反対地元住民説得などの任にあたり、昭和四六年五月一〇日から同月一七日までの文教厚生委員会九州管内視察に随行し、あるいは補助金申請の手続のため出張するなどして、その都度、市長あての復命書(甲第三五ないし第四〇号証)を提出していた。

さらに文教厚生委員会も、前記九州管内行政調査の日程に、熊本市西部ごみ焼却場、水俣市ごみ焼却場、指宿市ごみ焼却場の視察を組み入れ、その福江市議会へ提出した報告書(甲第四一号証)の中で、所見として、「ごみ焼却場については各市とも、まず建設場所の選定に苦慮したとのことで水俣市においては地元民と数回交渉し、その要望をほゞ全面的に市が受け入れた形で協定書をとりかわしたとのことであつた。次に炉の選定については各市ともかなり意を用いたとのことで最近では不燃物や化学製品が多く、炉をいためる結果、熊本市のように焼却率六〇パーセントというところもでている。福江市において焼却場を建設する場合は、(1)炉の機種選定をより慎重に行うこと、(2)建設場所の選定にあたつては地区住民と十分話し合つて遺漏なきよう万全の配慮をすること、(3)灰や不燃物のすて場は将来をも考慮して決定すること、以上の三点を特に当該委員会の意見として付しておきます。」と述べている。

(四)  右のとおり各担当機関が活動していたが、本件ごみ焼却場(炉)の建設工事の請負契約の締結方法については、藤係長が昭和四六年一二月頃に作成したとみられる前示福江市廃棄物処理施設新設工事施行計画書(乙第一号証)の中で、その第四項において、

「(1) 請負工事契約方法

本工事の請負業者との工事契約については、焼却処理施設請負工事業者が、それぞれ独自のプラントを有し、その構造や燃焼方法に差異があるため設計も一定でないため既設地区においても殆どが業者の設計施行の形をとつている。

このため、本工事の請負業者の決定は競争入札にする意義がないので九州管内に実績があり、技術者を、その出先に常駐させている業者を数社指名し、それぞれのプラントについて技術説明を行はせしめ、工事見積書を提出させた上、予定価格及びプラント内容により一社を決定し、当該業者と随意契約を締結する。

(2) 指名する業者

指名する業者は、これまでの業界実績及び九州に支店を設置し、専門の技術者を常駐させている業者を基準として次の四社を随意契約の指名業者とする。(以下、東洋技研、太陽築炉、三機工業、三和動熱の四社を列挙)

(3) 技術説明会

指名した業者より、仕様書、設計図及び工事見積書等その他の参考資料を提出せしめ、各社毎にフロシート及びプラントについて技術説明を行はせしめる。

この技術説明会には、市理事者、清掃事業運営対策委員会及び市議会正副議長ならびに文教厚生委員会委員が出席の上、実施するものとする。

(4) 随意契約業者の銓衡

技術説明による各社の技術をはじめ見積額を予定価格と比較し、第一次銓衡を行い、さらに指示のあつた部分の再見積り後、最終決定を行う。最終的に決定した指名業者と仮契約を行い、地方自治法施行令第一六七条の二第一項第一号の規定による議会決定を経た上本契約を締結する。」

以上の記載がなされている。

右文書には市長の決裁印はなく、福江市の方針として随意契約によることが正式決定されていたとは断ずることができないが、右書面については昭和四六年一二月にはこれを閲読したと考えられる市当局者、清掃事業運営対策委員会、文教厚生委員会からとくに問題視されることもなく、このためこれが福江市の事実上の方針となつていた。

(五)  右のように福江市ごみ焼却場建設準備がすゝめられていたところ、昭和四六年一二月二七日頃、その最高責任者であつた福江市長田口馬次が、赤字財政再建等をめぐつて紛糾していた福江市議会の議場内でのもみあいで肋骨を骨折して入院したため、当時助役であつた被告が急拠市長の職務代理者として、当面の問題である本件ごみ焼却場建設についての最高責任者として事務処理にあたることとなつた。

なお藤係長は、昭和四六年一二月末頃迄には、前示四業者に対し、統一仕様書(甲第一二号証、第五〇号証)を配布し、福江市のごみ焼却場建設請負契約につき見積りの準備をしておくよう予め指示した。

(六)  右のような経過の中で、福江市は、難航していた建設場所選定にともなう地元住民の説得と補助金交付申請期限とをにらみあわせて日程を組み、昭和四七年一月九日には建設予定地の権左開地区住民の一応の了解を得たとして、貞方課長及び藤係長が、同月一一日午後二時三〇分から予め準備を命じていた四業者に対し、建設予定地で現場説明をなし、用地造成工事計画を説明し、翌日開催予定の技術説明会の説明順序抽選を行い、説明順序を決め、各社の技術説明会終了後、各見積書を提出するよう指示した。

翌一二日午前一〇時から、助役(被告)、貞方課長、藤係長の執行担当者、福江市議会正・副議長、清掃事業運営対策委員、文教厚生委員らが出席のうえ、午前中は東洋技研、午後からは太陽築炉、三機工業、三和動熱の順序で各社一時間内外の技術説明を行わせしめ、技術説明終了後、出席者らで各社のプラントについて検討を行い。各地別実績についても藤係長の報告を受け、意見を交換した。

(七)  右各社は同日技術説明会終了後、見積書を提出し、午後五時二〇分から助役室で、被告、貞方課長、藤係長の三名が、各見積書を開封したところ、東洋技研が六、三八〇万円、三機工業が五、五八〇万円、三和動熱が四、八八〇万円、太陽築炉が四、八五〇万円の各見積であつた。

ところで、本件建設工事の請負代金の予定価格については、同日午前九時頃、貞方課長が助役室に来て、被告に対し予定価格の設定についての決裁を求め、被告はこれに対し、藤係長が予め各社の昭和四四、四五年度の実績を調査した結果から、最上限及び最下限を除外したのち、トン当りの平均事業費を基準額とし、物価上昇一〇パーセント、離島経費として一〇パーセントを上乗せして、計画の三〇トンを乗ずると五、五〇〇万円弱になるのでそれが適正であると考えるという主管課長としての貞方の意見を採用し、また、厚生省の国庫補助算定の基準額がトン当り二〇〇万円で、三〇トンであるから六、〇〇〇万円が基準となることから予定価格を五、五〇〇万円と定め、さらにこれを一〇パーセント以上下廻るとダンピングの虞れもでてくるとの考えから最低制限価格を五、〇〇〇万円と定めた。

なお、右の予定価格の設定にあたつては、前述のとおり取引の実情等を参考にしているが、業者による設計施工をなさしめる方針であつたため、福江市としての設計書・仕様書は別に作成していなかつたが、前示統一仕様書(甲第一二号証、第五〇号証)において、福江市ごみ焼却場施設の備うべき諸設備と各設備の充たすべき最低条件(構造、規格、使用材料、性能、耐久性等)を細かく指定していた。

(八)  さて右のような予定価格設定、技術説明会、見積書の提出の後、見積書を開封した、被告は、貞方課長、藤係長と検討の末、三機工業が第一回見積りで五、五八〇万円で予定価格に最も近く、当日の技術説明や事前の調査による技術面、信用面等の欠点が少なく、随意契約の相手方に最も適するとの結論に達し、同日午後六時過ぎ、三機工業に対してだけ第二回の見積りをなさしめ予定価格五、五〇〇万円丁度の見積書を提出させて、随意契約の相手方に内定した。その際藤係長作成の「各社仕様書比較」と題する書面(乙第二号証)が主要な判断の基礎資料となつた。

右の書面によれば、見積書の提出を命じた四社につき、各社のロストル方式と型状、燃焼室型状、洗(水)煙方式、ロストル面積、火炉負荷、電気使用量、重油使用量、水量、作業人員の各項目が図あるいは数量で示された比較一覧表とともに、

(1) 東洋技研については、

〈1〉 自動燃焼ロストル構造が最も簡易で故障が少ないと考えられる。

〈2〉 作業口が両側にあり、作業上は最も不便。

〈3〉 通風口が燃焼部分にあり、耐用性に問題あり。

〈4〉 九州に実績が少なく、アフターサービスに問題が残る。

(2) 太陽築炉については、

〈1〉 九州管内に最も実績をもつている。

〈2〉 ロストル構造が最も複雑であり、故障時に難点あり。

〈3〉 斜傾ロストルが急で袋物が後燃ロストルまで行くことが考えられる。

〈4〉 現地調査では焼却能力に差異がある。

(3) 三機工業については、

〈1〉 ロストル構造が比較的に簡略である。

〈2〉 公害源となる排煙の洗煙装置が最もよい。

〈3〉 熱量が比較的に高く、電気消費量も低い。

〈4〉 メーカーとしては最も大きい。

(4) 三和動熱については、

〈1〉 ロストル構造が他社に比して特殊で、炉内の空間にあるため故障時には完全に作業がストツプするおそれあり。

〈2〉 ロストル軸が水冷であるため、電力水量ともに消費が大きい。

〈3〉 扇形ロストルが高熱を受けるため耐久性に問題がある。

〈4〉 後燃ロストルが回転式であるので耐久性、目づまりに問題あり。

以上の内容が記載されていた。

右の記載内容について、積極的評価と解される点を長所、消極的評価と解される点を短所というとすれば、三機工業以外の三者については、三和動熱については短所ばかり四点、東洋技研と太陽築炉とについては長所一点、短所三点が指摘してあるのに対し、三機工業については長所ばかり四点が指摘してある結果となつていた。

(九)  以上の経過で、昭和四七年一月一三日、被告は三機工業を福江市ごみ焼却場建設工事請負契約の随意契約を締結する相手方に内定し、同月一七日には福江市議会における右工事についての予算案の可決を得て、三機工業と仮契約を締結し、同月二八日には同議会における本件随意契約締結についての可決を得て、同月三〇日本件随意契約の本契約を締結した。

以上のような認定事実関係のもとにおいて、被告が本件ごみ焼却場建設工事の請負契約につき、前記条項所定の「その性質または目的が競争入札に適しないもの」に当ると判断し、随意契約の方法を採用したことに、裁量権の逸脱または乱用があつたとは認められず、本件請負契約は右条項に該当するものとして随意契約によることができるといわざるをえない。

2  次いで、原告は、随意契約によることが許されるとしても、被告が三機工業との間に本件請負契約を締結したことにつき、法令の違反ないし裁量権の逸脱または乱用があつた旨主張するので考える。

(一)  随意契約における予定価格、最低制限価格の意義は、次に示すとおりである。

(1) 成立に争いのない甲第九号証によれば、福江市財務規則は、一般競争入札の予定価格について、その七七条において、「1 契約担任者は一般競争入札に付する事項の価格を当該事項に関する仕様書、設計書等によつて予定しなければならない。2 予定価格は一般競争入札に付する事項の価格の総額について定めなければならない。たゞし、一定期間継続してする製造、修繕、加工、売買、供給または使用等の契約の場合においては単価について予定価格を定めることができる。3 契約担任者は予定価格を定める場合において当該契約の目的となる物または役務の取引の実例、価格、需給の状況、履行の難易、契約数量の多寡及び履行の長短等を考慮しなければならない。」と規定し、指名競争入札の場合にも、八四条において七七条をそのまゝ準用する旨規定している。

しかし、随意契約の場合については、同規則八五条は、「1 契約担任者は随意契約による場合は、第七七条の規定に準じて予定価格を定めるものとする。2 前項の場合の見積書は原則として二人以上から徴さなければならない。たゞし、当該契約の性質または目的により見積書を徴する必要がないと認めるときは、この限りでない。」と規定している。

このように同規則が随意契約の場合直載に七七条を準用するとせず、同条の規定に準じて予定価格を定めるものとするとの文言を使用しているのは、随意契約はその性質上必ずしも予定価格を定め得ないものであることから、これを義務的なものとはしないが、予定価格を定め得る場合には、七七条に準じ随意契約の目的とする事項について仕様書・設計書等によつて総額についての価格を予定せしめ、その算出、策定にあたつては取引の実例等を考慮せよとの意義であると解される。

そして本件ごみ焼却場の建設工事は、随意契約によるとしても予定価格を定むべき場合に該ると解される。

(2) しかし、随意契約の場合における予定価格は、普通地方公共団体が競争入札によつて契約を締結する場合のように、予定価格の制限の範囲内で最高または最低の価格をもつて申し込みをしたものを契約の相手方とする(地方自治法二三四条三項)というような意味において、契約金額の上限または下限を画するというような厳格な意義は有せず、まさしく普通地方公共団体が契約を締結する場合に予め作成する契約価格の一応の基準とする価格であつて、単なる契約基準にすぎないと解され、必らずしもその制限内で契約を結ぶ必要はないと解される。

(3) そしてまた随意契約の場合競争入札の場合とは異なつて、その性質または目的の上から複数の者から見積書を徴したとしても、必らずしもその見積書の提出者と契約を締結しなければならないということはなく、かつ、価格だけを基準にして有利な者と契約する必要はないというべきである。

(4) 随意契約における予定価格の意義を右の如く解すれば、随意契約において最低制限価格を設けることは、競争入札におけるそれと比してさして意味のないこととなる。しかし、競争入札において法が一定の要件の下に定めた一番札の排除、最低制限価格の制度の趣旨は、随意契約の場合においても十分尊重されて然るべきであつて、随意契約の場合、予定価格とあわせて最低制限価格を、契約の相手方選択の基準として一応の目安になるものとして定めることじたい違法となるとは解されない。

(5) 最低制限価格は、前示の目的のために設定するものであるから、契約の性質または目的に照らして必要に応じて個別的に定められるべきであつて、画一的に予め定められるべきものではなく、かつこれを設けた場合は、この価格を探知されてはならない。

この点福江市財務規則八〇条は、競争入札の場合、一項において、一番札を排除する場合は、専門の補助職員に審査させ意見を聞かなければならない等規定し、二項においては、最低制限価格を設定するときは、予定価格の三分の二を下らない範囲内で契約のつど定めるものとする旨規定している。

(二)  右のような随意契約における予定価格、最低制限価格の意義、前記二の1記載の認定事実(本件請負契約締結に先立つて福江市が正規の設計書、仕様書を作成しなかつたことは当事者間に争いがないけれども、原告自ら主張のとおり、これに準ずる「福江市ごみ処理施設施行基準」・「焼却炉建設工事契約の基本条件」と題する書面二通が作成されていること上記認定のとおりである。)に鑑みれば、原告の、被告が三機工業との間で他の業者を排除して本件請負契約を締結したことは法令の違反ないし裁量権の逸脱または乱用であるとの主張(但し、請求原因4(二)(1)ないし(3))にそう証拠すなわち成立に争いのない甲第四七、四八号証及び証人平山幸雄の証言は採用することができず、他に右主張を認め得る事情を見出すことができないから、右主張は採用できない。

(三)  なお、原告主張の請求原因4(二)の(4)の事実を認めるに足る証拠はなく、右主張も採用することができない。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 加藤誠 吉田京子)

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